ハーグ条約
ハーグ条約(正式名称「国際的な子の奪取の民事面に関するハーグ条約」)について、5月にも国会で承認される見通しとのニュースがあります。
ハーグ条約とは、離婚した親が子を無断で国外に連れ去った場合に、他方の親の申立てによって子を元の居住国に戻すことを原則とするものです。
平成24年12月現在で89カ国が加盟し、G8メンバーのうち日本だけが未加盟という状況で、日本政府は各国政府から強く非難され条約への批准を求められてきました。それだけ聞くと、日本が条約を批准するのは当然の流れであり、むしろ遅すぎる感さえしてしまいます。
しかし、これには日本と他国との文化・考え方の違いがあると言われています。
日本では、離婚後は親権者となった一方の親が子どもを養育し、もう一方の親は子どもとは月1回程度面会するだけで積極的に養育には関わらないことが一般的です。面会交流権も条文で明確には認められていません。他方、米国などでは離婚後も両親が協力して子どもを養育する風土があるようです。
どちらが文化的に優れているということはありませんが、日本の常識に照らせば、子どもを兎に角まずは元の居住地に返還するというハーグ条約の基本原則は受け容れがたいように思います。他方、諸外国の常識からすれば、無断で子どもを日本に連れ帰って会わせないのは、拉致・誘拐以外の何ものでもない訳です。
これは国内での離婚事例でも同様です。別居時に一方的に子どもを連れ去られると、残された親が合法的に子どもを取り戻す手段はあまりありません。また、時間が経ったため子どもが現在の環境に慣れ親しんでいる場合、今更、子どもを元の居住地に返還することが本当に良いのかという疑問が生じることはよくあります。(国際離婚の事例では言葉の壁もあるため、さらに大きな問題でしょう。)
しかし、先に子どもを連れ去った者勝ちという社会が良いとは思えませんし、そのような不埒な親が子を育てることが妥当かという疑問もあります。
また、DV事案の場合などでは、子どもを元の居住地に返還することを原則としていては、子どもを救うことが出来ないおそれがあります。
なお、ハーグ条約では、一応、DV事案等について例外規定を設けているようですが、DVの有無につき誰がどのように判断するかという難問が残されています。子どもを元の居住地に速やかに返還するというハーグ条約の基本原則に立てば、DVの有無の審理は十分に行われないでしょうし、逆にDVの有無につき実質的審理を行う場合、海外に居住する当事者の審理を迅速に行うことは不可能ですので、ハーグ条約の骨子は蔑ろにされてしまいそうです。
結局のところ、離婚の場合、事案によって様々な背景事情があるのに加えて、返還対象は物ではなく感情のある(しかも感情が未発達で繊細な)子どもである以上、一概に結論を出すことは出来ない問題なんだと思います。
現在の世界の情勢に鑑みれば、日本がハーグ条約に批准することを拒み続けることは難しいのでしょう。日本人妻が子どもを日本に連れ帰ったところ、元の居住国で誘拐犯として指名手配され、一旦帰国した際に逮捕されたというケースもあります。また、北朝鮮の拉致問題を批判してきた我が国が、この問題では子どもの「拉致」を米国議会で批判されるという笑えない事態も生じています。
条約を批准するのであれば、国内法の整備や国民の理解を得て、何より子どもの利益にかなうような施策を行ってもらいたいと思います。
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弁護士 山本純弥